●肝は下焦だけでなく中焦にも属する
三焦弁証において、肝は下焦に属するとされるが、解剖部位・生理機能のみならず病理変化などから分析すると、肝は胆と同様、中焦に属するものとみなされる部分が非常に多い。現代解剖学を持ち出すまでもなく《素問》の注釈家の王冰は明確に指摘しており、《霊枢》《難経》などの記載からも十分に認識することができるのである〔これらの具体的な原文は後述の『中医臨床』誌に掲載された拙訳を参照されたし〕。
また生理上からは、肝の疏泄作用と脾胃との密接な関係を考えれば、《霊枢》で指摘される「中焦は漚(おう)のごとし」とされる生理機能には肝胆・脾胃がともに参与していることがわかる。病理変化においても、よく見られる木旺乗土による中焦の病証が多いことなどからも、肝は中焦に属するものであることがわかる。
ただし、肝は蔵血を主ることから、肝腎・精血同源の考えにもとづき、清代の名医呉氏は、三焦弁証綱領を創設するにあたって《温病条弁・中焦篇》で、温病後期に生じる肝の虚風内動の病証の存在から「肝は腎と同じく下焦に属するもの」、との見解を打ち出した。それ以後、この説が今日まで踏襲されている訳であるが、このように呉氏が「肝は下焦に属す」としたのは、病位概念のほかに発病状況・病勢における伝変・病証の特徴・病期の早晩・証治の規則などの総合体系的な疾病綱領としての弁証概念が含まれているのである。
したがって以上のことから、
@三焦弁証という特定の弁証概念。
A少陽三焦という生理学上の概念。
B上中下三部位の解剖学的区分による三つの機能系統としての三焦の概念。
などの(多くの関連性と共通点を持ちながらも)それぞれに異なる概念を有機的に一体化あるいは結合させるには、「肝は中焦と下焦の二個所に属す」とされなければ辻褄があわないことになる。
この見解は、瞿岳雲編著『中医理論弁』中の「肝は下焦には属さず、中焦に属する」と題された論文をヒントに考察した訳者自身の愚見であるが、如何なものであろうか?
東洋学術出版社発行の季刊『中医臨床』誌(一九九二年三月・通巻四八号)には、訳者の村田自身による同書の紹介とともに、該当する項の全文の拙訳が掲載されているので、是非とも参照されたい。
今後の中医学・漢方医学がさらに発展するための一つのかなめが、この三焦の問題であると愚考するものである。